結構、センシティブな話題ですが、個人的に思う意見について書き残しておきたかったので書いておきます。
※感情的な部分もあり、法解釈素人のガバガバ部分はあるので、鵜呑みにしないでね。
生成AIの中でも特定の分野では、利よりも害が大きいんじゃない?
昨今、話題になっていますが、
個人的に今の特定の分野においての生成AIの状況は、
とてもよろこべたものじゃないと思っています。
生成AIで記事を書いたこともある筆者なので、”生成AIという技術”自体を否定するわけではありません。むしろ活かし方によっては、物事のスタート・補助として、これほどまでに活用しがいのある技術はないと思います。
では、なにを危惧しているのかというと、その懸念している特定の分野の縮小。
極端な話を言えば、ある意味での文化の消滅を意味すると考えているからです。
芸術系(作品を公開して評価してもらう系)は、今の生成AIに緩い状態を何とかしないと新しい表現生まれにくくなるんじゃない?という懸念
まず、特定の分野というのは上記に述べた
芸術系分野(絵、楽曲、小説、ゲームなど)
でのお話です。
プログラム(もちろん著作物という面はあるのですが、どちらかと言えば特許法で守られているイメージ)や知識・教育系の活用での懸念はあまり個人的にはしていないということですね。(抜け穴的に上記の分野に干渉する点は見過ごせませんが……)
そして、肝心の問題点として考えているのが、
- 訴訟の労力と見合わないため、著作権保護が十分にできない・なされない。(特に個人のクリエイター)
=大元(大規模生成AI運営企業)を訴えられないが故、対症療法(著作権侵害された際、個別に対応)をせざるを得ないため、非常に負担がかかる。(都度、弁護士に依頼しなければならない依頼料の金銭的にも、作品に対する時間が取れなくなる時間的な損失的にも) - 新しい切り口の作品が生まれない・ソフトパワーの枯渇
=絵で例えると、「生成AIでいいや」という思考が増え、新規に自分の手で絵を描く人口が少なくなり、素材となる学習元が枯渇した時、AIで描かれた似通った絵が蔓延、学習も循環するようになり、その分野自体が停滞する。 - なし崩し的に著作権という権利がなくなっていく。
=最初は個人クリエイターから始まって、「好き勝手生成AIに読ませてしまえば、著作権ごまかして、どうにでも扱っていいよね」、という風潮が広まっていった先は既存の企業も大丈夫とかいう甘い考えではいられないのかなと。
それこそIPを多く抱えている会社系は特に。二番目の問題とつながっている問題かも?
といったことが考えられるのかなと。
まず、一つ目に関してですが、生成AIに学習させるまでは著作権法第30条の4の二(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)において合法とされてしまっています。
個人的にはその後、なにがしかを生成して公開した時点で著作者人格権の同一性保持権に引っかかるんじゃね?と思い続けているのですが、そういったことらしいので、ここまでは現状適法の範囲らしいです。(コラージュでの著作権侵害は認められるのに、特例にするのは正直納得できませんが……)
では、どこを問題にするかというと、”生成される時”、もしくは”その後”になるわけですよね。
個別に生成して公開された作品の類似性1を認識 → 作品の依拠性2を著作権者側が証明しなければいけないんです。
絵で例えれば、仮に作品を公開して人気になったとして、続々と似通った絵柄・構図、もしくは特定のキャラクターの出力がなされた結果、著作権侵害は親告罪なわけですから、それらすべてを個別に訴えなければいけないわけです。
……きつくないですか?
企業単位の法務部が著作権保護に取り組むのであればともかく、個人で自身の著作物の権利を守るのであれば、そういった著作権侵害を疑う対象を認識するたびに弁護士に相談することになります(基本的に)。そういった権利の行使がしにくい状況を生み出すことが容易に想定される中で、学習を容認する(=大元の生成AI企業への自身の作品の学習データの削除要求が通らないor完全には消せない、で逃げられてしまう)のは如何なものかなと。
二つ目、三つ目に関しては、つながっている話ではあるのですが、どちらにせよ絵に限らず、自筆を執るクリエイターの新しい芽が出にくくなる → 総合的な文化の衰退・発展の阻害になるのではないかなと。大体は上記に書いてある通りのことを懸念しています。
では、そういった分野でどのように生成AIを活用するか
じゃあ、そういった創作関係で生成AIを使うのはダメなのかよ!!!……という方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことはないと思います。
あくまで「他人に自身の著作物を学習されたくない人も黙認せざるを得ない状況」というのを問題視しているのであって、”通常の著作権侵害とならない利用範囲”(私的使用範囲での複製=”外部に出さない”や教育目的など)での利用であればいいと思いますし、それに加えて、個人的な考えとしては以下のような利用範囲で他者の権利を侵害しないような利用をすればいいのではないかなと思います。
- 芸術系の生成AIは個人(もしくは各企業などの枠組みの中)で育てていく。
=本人の著作のみを学習、もしくは汎用データセット(ネットに流されているような無法なものではなく、素材集として作られたもの)含めて学習させて、その人の創作の一助にしてもらう。 - 作る前(いわゆるアイディア段階)や作り上げた後の修正であれば許容?
=例えば文章であれば、設定段階のアイディア出し、言語として間違っている細かい部分の校正の指摘、描写・整合性の矛盾の指摘、書き上げた作品の批評など(あくまで指摘に留めて、変更に関しては任意にする)。
であれば、「思想又は感情を創作的に表現したもの」という著作物の前提も保たれるはず。
が個人的に思う許容できる使用範囲。
これなら大半のクリエイターの創作意欲を削ぐことなく、生成AIという技術の恩恵も受けることができるのかなと。
法や行政府にやってほしいこと
一つ目の項で著作権者を十全に守れないのでは?という懸念を示したように、法の整備が追い付いていないことが多いと感じます(この件に限らず)。
なので、最後に法などで整備してほしい点を挙げておきたいと思います。
(意見を募れば、全然これ以外もあると思いますし、この内容も異議はあると思いますが……)
- 現在の依拠性の判断基準に加えて、モデルの学習に使用した素材の明記の義務付け(単位で言えば、イラスト一枚レベル、もしくはその更に下のレベルからでも徹底的に)
=これにより自身の作品を素材として、使われたくない場合、明確に拒否する意思を示し訴えることが可能になる。ただ、あくまで生成AIモデル作成側の自己申告になるため、現在の依拠性による判断も継続したうえで追加してほしい。
ネットワーク上から自動収集しているところが多い以上、アドレスなどの情報は確実に記録できるためそこらあたり? - 生成AIの学習目的であっても、通常の私的使用の範囲でとどめてほしい。
=営利の生成AI企業は、著作権侵害コンテンツを作らせて、クリエイターが負う負担(訴訟含めた対応)を増やしているだけでしょ。仮に学習させるにしても個人で外部には出さない学習モデルに留めるべきでは? - 学習に使われた重みを消せない、で止めることなく、そのデータを除いて学習させ直し、ぐらいの対応にさせるべき。
=例えば特許侵害した製品がそのままの構造で生産され続けることはないはず(特許料の支払いに応じた場合を除く)。 - NPOなどの団体を税金で支援するなら、海外での著作権訴訟などを国内のクリエイターが行いやすいように支えてくれる団体に税金を使ってくれよ……と思ってしまう。
(無駄に税金吸ってる団体多すぎだろ……借金だなんだいうなら歳出をもっと整理しろよ……) - 損害賠償や刑罰を本当に踏みとどまるような相応なものにしてほしい。
=この分野に限らないことだが、違法に得た金額 > 損害賠償や罰金 のように、やり得な状況を是正してほしい。
ということで、書きたいことはこれぐらいですかね。
詰めに詰めましたっていう内容ではないので、粗は大いにあると思いますが、自分の思ったことの備忘録として残しておきたいと思います。
